今回harmonia ensemble のレコーディングにおいて、最も重視したのは「空間性の再現」である。アルバム”Lux Aeterna”に収録された楽曲はすべて、「音の空間性」を意識して作曲されたものばかりであり、各パートの配置について細かく指示されたものもあったからである。
サウンドインレーベルの特徴として、5.1chサラウンド版もリリースするということがあるが、今回のアルバムは正にサラウンドにぴったりな企画であった。
元来、合唱音楽は空間性を意識しやすい音楽ではある。特に宗教音楽においては、その神秘性を高める上で、空間性は非常に重要なファクターである。それはキリスト教のみならず、イスラム教におけるアザーンであるとか、仏教における声明なども、その空間性を強く意識したものであると言える(アザーンは合唱ではないし、そもそもイスラム教では宗教音楽は認められていないので、これを音楽とは言えないが、それでもとても美しい!)。人の声が空間に拡がり、混じりあい、響きあう、聞き手はそのプロセスを通した声に惹かれ、感動し、受け入れる。それは、必ずしも残響(リバーブ)がかかっているという意味ではなく、例えば砂漠の真ん中であっても、空間に解き放たれた人の声は近傍で聴くそれとは明らかに違う。
今回は、その空気感をスタジオで如何に再現するかが大きなテーマとなった。
しかも、アルバムに収録されたそれぞれの楽曲は、想定された空間がそれぞれに違う。各楽曲を想定されたオリジナルの空間で録音できればそれにこしたことはないが、”Miserere”をシスティーナ礼拝堂で収録することは、現実的には難しい。我々が出来ることは、現実に使えるスタジオ(サウンドインB)で、どこまでその空間性を引き出せるか?という一点であった。
通常、スタジオではオンマイクを多用する。それは、スタジオの持つ固有の響き(空間性)が、楽曲に取って必ずしも好ましいものとは言えないからである。つまり、スタジオの響きが多すぎると、以降のコントロールが利かなくなる。残響を付加することは出来るが、無くしてしまうことは基本できない。だからスタジオでは出来るだけオンマイクで収録し、ミックスの時に必要に応じて残響を付加するという方式をとっている。
それはそれで正しいのだが、この方式には一つ大きな欠点がある。それは音の定位が電気的な処理(パンポットによる)によってもたらされるため、各楽器の空間配置がどうしても不自然になりやすいのである。特に合唱音楽のように多くの発音源(人)が配置されている場合、それぞれの人の細かな空間的配置が見えづらくなってしまうのである。もちろん一人一人にマイクを付ければかなり解決するが、今度は逆にカブリによる位相干渉の問題が出てくる。
そこで今回は、最初に楽曲に合った響きが出せるように団員の方に並んでもらい、その響きが最も良く出るようにマイクロフォンを配置するという方式をとった。基本的にはデッカツリー方式でメイン3本、サイド2本、さらにアンビエンス用に2本の計7本を配置し、補助としていくつかのオンマイクを立てていった。
録音時から、モニターは5.1chシステムを組み、各マイクを振り分けてサラウンドモニタリングを行いながら録音を行った。各声部の空間的な配置は、マイク位置の微調整、および楽団員の移動によって行い、パンポットの使用は極力避けるようにした。各楽曲による空間の違いについては、マイク配置とともにリバーブ処理によってその違いを出していった。結果として、用意したオンマイクはほぼ使用せず、メイン系のマイクのみで全体の雰囲気を出すことが出来た。
従って、ミックスにおいてもマイクバランスを細かく変えることは無く、曲ごとのリバーブ感の調整が主な作業であった。
全体に難易度の高い曲であったにも拘らず、harmonia ensembleの皆さんの高い演奏力があったからこそ、このような方式で録音することが出来た。
現在、まだまだ家庭におけるサラウンド再生システムの普及は進んでいないが、出来れば、ぜひサラウンドで聴いてみてほしい。
各々のパートが独立し、且つ融け合って、空間に音楽が響いている様を実感できると思う。